長寿社会へ向けて

       ―限りあるものへの感謝と経営改革―
                                                    

               2015年3月

   清水 光幸

2015年1月4日のNHKスペシャル「NEXT WORLD私たちの未来」で、画期的な若返りの薬が報道された。細胞分裂のたびに短くなる染色体のテロメアは老化時計の役割を果たし、サーチュイン遺伝子がその短縮を促すテロメラーゼという酵素の働きを抑えることは知られていた。その7種類のサーチュイン遺伝子すべてを活性化するNMNという物質が、ワシントン大学の今井眞一郎教授によって紹介され、マウスによる若返りの検証にも成功し、今年中に臨床試験に入るという。すでに日本の食品加工会社(実はオリエンタル酵母工業株式会社)で製造されていて研究用に販売もされており、「世界中のオーダーに応えられる安全供給の体制は整えてある」という。他に、がん細胞に入り込んで抗がん剤を発射するナノマシーンが東京大学片岡一則教授によって紹介され、さらに細胞培養と3Dプリンタを組み合わせた臓器再生なども紹介されていた。2045年ごろには平均寿命が100歳まで伸びるだろうと言われていた。

しかし、人間の寿命がどんなに延びても、不死の存在になるわけではない。やはり限りある命である。日本の高度経済成長や世界の科学の進歩を見てきた私たちの世代は、地球と人類の文明が永遠に進歩し続けるかのように錯覚してきた。しかし現代の若者は、高校生クイズ番組の計算問題になるように、太陽の寿命が約50億年であることを前提として生きている。文明が発生してまだ1万年ほどの人類にとって、50億年はほとんど無限と等しいが、もし人類が生き延びているなら、第二の地球に向けて旅立っているだろう。今この地球に生まれた我々の感謝の気持ちは、まもなく火星に移住する子孫にとっては太陽系に対する感謝となり、2013年に発見された恒星ケプラー62の2惑星に移住する子孫にとっては、銀河系に対する感謝の気持ちになるかもしれない。

また地球そのものの変動は、小惑星の衝突以上に予測困難であり、地球史的には一つのパンゲア大陸が分裂移動して現在になり、いずれ再び一つに向かっていくという周期的な変化をしているため、地球上では火山噴火も地震も永遠に絶えることはない。その結果、地球上の生命体は常に危険にさらされており、特に日本列島は世界的に頻発する地域であり、幸いにも生き延びている我々は、少しでも犠牲者を減らす努力をするとともに、今に生かされていることに感謝せざるを得ない。

さて、皆さんが大学を卒業するころは、少子高齢化で人口減少と労働人口の減少がさらに進み、人手不足のために就職内定率は高くなる。ただし、需要と供給が業種によって一致しないというミスマッチが発生しているため、すべての人が希望通りの職業にありつけるとは限らない。文系では販売・営業が不足し、理系ではエンジニアが不足している。販売員が確保できないために閉店する店があり、作業員を確保できないために仕事は増えているのに倒産する建設会社が増えている。エンジニアは資格が必要なため根本的な人材不足に陥っており、賃金を上げても集まらないという。資格のあるリケジョやトラック女子や女性の現場監督が活躍する時代になった。

ただし、65歳定年制や退職再雇用制度により、若者に仕事が譲られない状況も続く。皆さんの長寿社会のころは、定年がさらに70・75歳となるかもしれない。ではどうすれば若者に仕事が回ってくるのだろうか。

日光山研修で高2に講演し「○○だより」に掲載された小西美術工芸社社長のデービット・アトキンソン氏が、1月12日のBSフジ「プライムニュース」でその解決策を話していた。

東照宮の陽明門をはじめ全国の国宝を修理している小西美術工芸社は、文化的には聖域のようなところにあるが経営的にはアトキンソン氏が見てきた問題の多い銀行などと変わらず、優秀な技術があるにもかかわらず非正規社員のままモチベーションも生産性も上がっていなかった。彼が社長になって最初にやったことは、全員を正規社員にし、若者の「力と情熱」、年配者の「知識と知恵」に着目して、年配者の親方の権限を若者に譲り、若者は年配者にリスペクトをもって学んでいくことで、誰も解雇することなく、重要な技能の継承が進み、若者の参入が増えてスムーズに新陳代謝が進み、生産性が向上して毎年賃金をアップできているという。今や社員の間でベビーブームが起こっているそうだ。

阿部政権のように「解雇規制を緩和」して年配者を次々に解雇したなら、年金や生活保護の福祉政策にますますお金がかかるようになるだけだ。また、先進国のGDP経済成長は、人口に比例して起こったものであり、日本がドイツを抜いた年は、実は人口がドイツを抜いた年であったのであり、今後人口減少に向かう日本のアベノミクスは、妄想であり成功しないと喝破した。GDPが増減しても、先進国では1人当たりのGDPはほとんど変わっていないという。

できることは、アトキンソン氏が行った小西美術工芸社のように、上の経営者が人間重視の考え方になり、熟練したシニア世代の知識知恵を若者に継承し、若者の力と情熱を生かして、生産性を地道に上げていき、一つ一つの会社が成長することだと提言している。また、国宝の修理には文科省の理解を得て、これまでの中国製ではなくすべて国産の漆や漆器を使うことになったと言う。さらには、天気・食事・文化・自然という観光資源がそろっており、今後の観光業の伸び率は日本が一番大きいとも見通していた。

皆さんも、少し明るくなる就職事情の下で、まずはブラックな企業を避けて人間を大事にする経営者のいる会社を選ぶことである。それが結局は、妄想ではない着実な日本の安定経済と家族の幸せをもたらすことになる。人間を重視しない経営者やブラック企業をつぶし、正常な経営改革に前向きで新陳代謝が進んでいる会社作りに貢献していただきたい。大企業だけにこだわらず、世界的な中小企業や良質な経営者や会社を選んで就職すること、また自ら起業することにもチャレンジしていただきたい。夢多き未来に向かって、今生きていることへの感謝と、その場で全力を尽くす一隅を照らす精神で、自分らしさを失わず生き抜いてください!

卒業おめでとう!