人口減少・縮小経済の下で生きるには
=win-winの発想で信頼される人に= (某校卒業生に贈る言葉)
平成18年3月
清水 光幸
いよいよ日本は人口減少の時代に突入した。平成17年の国勢調査速報によると、10月1日現在の人口は戦後初めて前年度より1万9千人減少し、1億2775万7千人になった。皆さんが立ち向かう日本社会は、ゼロ成長どころか、縮小経済の時代となる。出生率を1・32(2004年は1・29)として計算すると、2050年には約3割減の9047万まで、2100年には更に半減の4349万人まで減少する。およそ100年で江戸時代のレベルまで戻ることになる。
もしも4〜5千万人で安定するならば、食糧需給は国内で満たされ、エネルギー消費も減り、地球環境にやさしい暮らし方になるだろう。しかし人口減少が止まるまでの間、特にベビーブーマー世代(現在の50代後半と30代前半)が高齢化していく間は、典型的な高齢化社会となり、若い人の負担が増えて、経済的に困難な時代が続く。
日本の国・自治体の債務残高は、GDPの150%以上あり、先進国ではイタリアが110%弱、他の国は100%を超えてはいない。異常な日本の借金返済のために、インフレ策が取られるならば貯蓄は目減りし、増税されれば収入が減り、国民の消費は停滞する。またイタリアとともに日本は1995年から、すでに生産年齢人口(15〜64歳)が減少し始め、労働力は決定的な不足に陥る。2020年代には現在のビル群や機械設備や道路などを修理維持する能力はなくなり、老朽化するまま放置される時代が来るといわれている。労働人口だけでなく、消費者数自体も減少するため、需要と市場は縮小し、生産も縮小する。日本経済は消費も投資も2013年をピークとして、確実に右肩下がりのマイナス成長の時代に入り、2030年には2000年の20%減の投資と予想されている。
さてこのような人口急減期を迎えて、皆さんはいったいどのような夢や希望を描くことができるだろうか。
まず、高齢化社会の張本人である私たち大人は、「小さな政府」を目指す構造改革に協力し、国の借金を少しでも減らさなければならない。できる範囲で高齢者が互いに介護しあう「老老介護」や、江戸文化を再現するような地域コミュニティの活性化で、お上や政府に頼りきらない、真の意味のボランティア的「ふるさと創生」に力を入れるべきだろう。人口減少によって都会がスラム化するのではなく、よい意味で田舎化し、コミュニケーション豊かなふるさとや街が蘇ることを期待したい。また、2030年ころには有権者中位年齢が58歳まで上昇し、高齢者に都合のいい政策ばかりがまかり通り、若者が軽視されかねない。皆さんは若者のために今から積極的に政治に関心を持ちかかわっていただきたい。
次に、最近よく言われる言葉に「勝ち組―負け組」と言う言葉がある。これは「win‐lose」の発想であり、「勝ち負けをはっきりさせる」「私が勝ち、あなたは負ける」という孤立志向に向かう考え方である。今後、市場拡大が期待できない時代に、はたしてこれで通用するだろうか。
これに対して「win‐win」は、「私も勝ち、あなたも勝つ」「両者にとってよい結果になる」ことを目指す考え方である。90年代アメリカのビジネス書によって、成功するための交渉術として広まった相互依存に基づく考え方である。いくつか例を挙げよう。
あるブティックAは売り上げを上げるために、自分の店にある商品を、多少サイズが合わなくても無理やり客に売りつけていた。もう一方のブティックBは、客のサイズに合うものが無ければ、他の店にある商品を紹介していた。A店の客は後にクレームを付けて二度とA店で買わなくなった。一方B店の客は信頼して何度も相談に来るようになり、B店の常連客となった。
次に、システム開発中、納期間際になってプログラムミスが見つかり、納期に間に合わなくなったという例。A社は誠意を持って平謝りし、休日返上の突貫工事で改良し、無理やり納期に間に合わせた。顧客はその出来上がりをしぶしぶ受け入れた。一方B社は、顧客の妥協できるラインを徹底的に交渉して確認し、代替案の合意を得て、両者満足できる品質と納期を再設定して完成させた。A社の場合は、結局どちらも不満を残しwinしていないが、B社の場合は、「win-win」が成立した。解決すべき問題が生じた時こそ、むしろ交渉が有意義となり、信頼を深めるチャンスとなるのである。
第三に、途上国の人口増で2100年頃の100億人まで増え続けるという世界のどこかで、国際紛争が発生した例。ある国Aは武力で徹底的に勝利して支配するという軍事的封じ込め政策を目指した。別の国Bはまず問題の事実関係と双方の要求を確認し、双方が合意できる到達点を交渉するという文化経済協力中心の協調的安全保障策を探った。その結果A国は勝利したはずなのに、テロに襲われ続ける結果となり、B国は妥協したもののその後の貿易は活発になり、エネルギー資源は妥協案よりも多く獲得できるようになった。
このように、一方的に「自分が勝つ」あるいは「謝る」だけの「win-lose」の関係は、結局「lose-lose」の「両者敗北」に終わる傾向がある。他方「win-win」の関係は、正しく情報が公開されて交渉が成立し、信頼関係が確立された場合に成功する。情報を独占して一人勝ちを目指す時代から、これからは情報開示してビジネスネットワークを広げる時代へと変化していくのである。
昨今の会計事務所・建築会社・IT企業の不正行為は、一時的な情報操作によって利益獲得を狙ったものだが、結果的に市場の信用を失い破綻に陥っている。情報は一日で世界を駆け巡り、その国の信用をも揺るがす。取引先や顧客や株主をだまし通して勝ち組になろうという発想自体が、すでに時代遅れのモラルハザードなのであり、これら一連の事件も「win-lose」が「lose-lose」になった例といえる。
ビジネスだけではない。人は信用を得ることによってその価値を高めるものであり、人生とは信用を重ねる過程である。どんなに立派な学歴を持っていても、どんなに頭がよく成績がよくても、どんなに金持ちでも、信用を失えば誰にも相手にされなくなる。たとえ金が無くても、プランがしっかりしていて信用があれば、融資してくれる人はいる。今は資本金1円会社の設立も法的には可能だ。ビジネスにおいては、信用こそがすべてを生み出す源なのである。
また、これからは「就職」よりも「起業」の意気込みが必要である。誰も経験のない縮小経済において、小回りの効かない大企業よりも、フットワークよく課題に取り組める中小法人やNPOを設立することも一方法である。市場規模が縮小する場合には、これまでの日本の大企業のように、会社を大きくすることを最優先にすることはできない。減少する売り上げの中でまず赤字を出さず、利益が出ればそれを労働者に再配分し、少しでも給与を引き上げることで消費を促し、回りまわって市場規模を大きくするという、労使間の「win-win」発想をも思い至るべきである。いざと言う時には、転業も海外移転もいとわず、労働力不足については、もはや日本一国にこだわらないで、東アジア経済圏から労働者を雇うことも考えよう。知識集約型産業では、インド・中国などの優秀な技術者を奪い合うことになるだろう。その他の場面でも、アジア諸国から研修生などの労働力を導入することができる。このような、もの・人・サービス・資本の相互依存関係は、東アジア経済圏における「win-win」政策として経済産業省白書もすでに取り上げている。
これまで、どの国も経験したことがない人口急減期だからこそ、経験のない若い皆さんにチャンスがあるかもしれない。時代の変化に対応できず「win-lose」の発想のまま、勝ち組にこだわる大人には任せてはおけない。経験のない皆さんは、まったく新たな起業家精神でチャレンジできる。生産も売上も減少するマイナス成長下で持続可能な経済への発想の転換である。
人が生きる上で最も大切な能力は、英語でも数学でもない、夢を描く能力である。逆境こそチャンスと捉え、人口減少の縮小経済に張り巡らされるユビキタスシステムや、脳インターフェース技術のサイボーグや福祉機器、知的著作物や環境ソリューションシステムの輸出、最先端の知的技術開発や、グローバルな視点での知的コーディネーターなど、日本が得意とする夢の実現にチャレンジしていただきたい。日本に続いて、EU・中国・韓国なども、いずれは縮小期に入る。その時には日本の経験が生かされ、そのノウハウをビジネスにつなげるくらいの意識が必要だ。ビジネスチャンスはグローバルに広がって行く。若い時は、失敗しても失うものは少ない。またすぐにやり直しできる時代になった。人は一生チャレンジであり、完成する必要もない。誠意ある交渉力を身につけて、信頼される人物になることだ。
さて、「win-win」と言ってきたが、日本にも似たようなニュアンスの言葉があるような気がする。「負けるが勝ち」「急がば回れ」「情けは人のためならず」「お互い様」。アメリカ企業が80年代に研究したのは、実は日本の経営手法だった。さらに日本人らしく磨きをかけて、中国にも韓国にも良かれと思い、ひいてはアジア全体、さらには世界平和にも良かれと考えながら、調和安定した共生きの道を探りたいものである。
最後に、日本はバブル崩壊後の不況により失業者増に比例して自殺者が増加し、年間3万人を超えて先進国中自殺率一位(アメリカの2・3倍)が続いている。特に50代の自殺率が他の国に比べて高く、また20歳から39歳までの死因第一位は、ここ数年間、病気でも事故でもなく自殺である。その二人に一人は無職者である。しかし、経済的困難に陥っても破産宣告を受ければ債務は消滅し、まったく死ぬ必要などない。辛いときはお互いに頼りあい甘えあい、愚痴をこぼしながら生きてもいいではないか。生活保護基準額(東京・夫婦子二人で約23万円)は、高齢者の場合など基礎年金額より優遇されており、働けない事情がある時や働いても基準額に達しない部分は、面子にこだわらず利用すべきである。孤立せず相互に依存することこそ「win-win」精神の基本である。
友人知人との出会いを大切にし、健康に気をつけ、どこまでもくじけることなく、自分らしさを取り戻しながら生き抜いてほしい!
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