ゆらぎ ―宇宙と生命の源― (某校卒業生に贈る言葉)
2013年3月2日
清水 光幸
昨年7月に、最後の素粒子「ヒッグス粒子」が発見された。
素粒子はハイゼンベルクの不確定性原理によると、確率的にしか表現できない量子ゆらぎの存在であり、相対性理論と量子論をまとめたディラックによれば、真空の中では無数の粒子と反粒子が一瞬のうちに現れては消えており、「真空は生きている」とも言われる。また、真空にはエネルギーがあり、膨張しても薄まらないとされる。すでに反物質(反水素・反ヘリウムなど)の生成や閉じ込めは、CERNを中心に独日米を含めて、1995〜2011年に5回成功した。反物質は物質と結合する時、質量を膨大なエネルギーに転換するので、宇宙探検時代のエネルギー源になると考えられている。
JAXAのホームページでは、「宇宙は量子論的な無のゆらぎから発生した」と紹介している。佐藤勝彦東大名誉教授のインフレーション理論によると、素粒子より小さかった宇宙は、ほんのわずかな時間で急膨張して高エネルギーのオレンジほどの大きさになり、ビッグバンが始まると、1/100秒後に1000億度、100秒後には太陽系ほどの大きさになり、さらに大きくなって宇宙が冷え始めると素粒子が発生したとされる。本来、無から生じた物質と反物質は結合して無に戻るはずだが、電荷の無いニュートリノが他の素粒子に比べれば結合しにくいことや、わずかに寿命の短い反物質(CP対称性の破れ)のせいで、10億個に1個の割合で反物質が物質になり、10億個のうちの2個が物質として残り、現在の宇宙が作られたとされる。
また佐藤教授によると、この宇宙発生はグラスにシャンパンを注いだ時にできる泡の一つ一つのようなもので、無数に発生した宇宙について、「それぞれの宇宙に仏(物理法則)があり、それぞれの曼陀羅世界(宇宙)が展開しているようなものだ」とある番組中で表現している。ちなみに仏教が誕生したインドの宇宙観は生滅を繰り返す宇宙観を持ち、華厳経ではミクロとマクロが相即相入する一即一切一切即一の宇宙観を持っている。
無数の宇宙の中には、あっという間につぶれた宇宙や、あっという間に拡散して何も存在しなくなった宇宙もあるという。われらの宇宙は幸いなことに、ちょうど良い具合の物理法則と物質とエネルギーに恵まれて、現在まで137億年を経過し、星々が誕生し、生命が誕生した。他にも似たような宇宙はいくらも存在するというのが、現代物理学の最新宇宙論である。多元宇宙は直接観測できないが、最新の超ひも理論やM理論では11次元など多次元の素粒子論が展開されており、解決されたポアンカレ予想のようなトポロジー論によれば、多次元世界からは生々流転する無数の宇宙が見えるのかもしれない。またビッグバンの名残の熱である宇宙背景放射の観測により、インフレーション理論やビッグバン理論が確立し、この宇宙が加速膨張していることも観測された。観測に基づく計算によると、この宇宙は、物質4%・暗黒物質22%・暗黒エネルギー(真空エネルギー?)74%からできているとされる。
1980年代に、宇宙の大構造の一部が新聞に発表され、興奮した私は当時主催していたPCVAN SIG―ORIENTで報告したが、現在は宇宙全方位が観測済みである。無数の銀河は、石鹸で泡立てた大小の泡の膜の上に連なるように浮かび、その内側は空洞のようになっている。私はマンデルブロ集合のフラクタルを連想した。
無生物の溶液がパターンをなして化学反応するBZ反応は心臓の鼓動にもたとえられ、樹木の枝分かれやブロッコリーの成長、血管・肺胞の形成など、自己相似形のフラクタルと生命現象の関係は注目されてきた。これらは簡単な数式によるコンピュータシミュレーションが可能であり、ほんの少しのDNA情報で生命体の表面積を最も広く形成できるよう効率化した進化の結果かもしれない。同様にごく簡単なシミュレーションプログラムにより、コンピュータ上の仮想生命体が、試行錯誤を繰り返しながら、知能があるようなレベルまで進化する様子も確認されている。自然界のエントロピー増大の法則や1/fゆらぎと同様に、生命体にも突然変異など一定のゆらぎがあり、生き残った遺伝子が進化に組み込まれた。
そもそも、量子論的ゆらぎがなければこの宇宙は存在せず、生命のゆらぎがなければ現在の人間は存在し得なかったのだ。
しかし、昨今の日本ではゆらぎが許されないかのように、「空気を読め」と言われ、個人の主張やこだわりを前面に出すことがはばかられ、他人のお洒落や金回りばかり気にして横並びしようとする傾向が強く、個人はひたすらゆらぐことを恐れているように見える。社会を見ると、あの民主党は本来の主張を守りきれないまま第2自民党になり、期待されたゆらぎを実現できず政権を奪われた。外交においては、個性を発揮して殻を破る政治家や外交官がいないため、個人的な信頼関係すら構築できていない。歴史においても、過去を無視せず未来を志向しながら、周辺環境・国際関係に適応し配慮しつつ、互いに成長する生命進化のゆらぎに学ぶべきだろう。カタストロフィーに陥り、絶滅危惧種になってはならない。
マンデルブロが株価チャートからフラクタルを連想し金融危機を予想したように、わずかなゆらぎが大きな変化や進化になることは、砂漠模様・リアス式海岸・気象予報などの自然現象から、社会・政治・経済・文化・心理現象まであらゆる人間の活動に適用できる。
ゆらぎは芯があってこそのゆらぎだが、長い人生の中で少しのゆらぎがあるのもまた味わい深くなる。少し変わった人がいても、この世に必要なゆらぎと思えば寛容になれるかもしれない。厳しい面はもちろん必要だが、自分にも他人にも時には優しく接して、幸いにもこの宇宙に生まれた自分の人生を充分に味わい尽くしたいものだ。ゆらぎのない人生も個人も組織も、つまらなくまたもろいものであろう。
ますます困難が予想されるこれからの時代に、皆さんが勇気と誇りを持って自分らしさを大切にしつつ、何事にも何度でもしなやかにチャレンジし、時にはゆらぎを受け入れる余裕を持ちながら人生を有意義に生き抜かれるよう心より祈ります。
卒業おめでとう! (参考 ディスカバリーチャンネル各番組)
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