日本に未来はあるか

     ― 夢を描く能力 ― (某校卒業生に贈る言葉)

平成23年3月3日 
清水 光幸   

ニュースによると、12月現在の就職内定率は史上最低だ。(大学68.8%、短大45.3%、専門学校54.1%)大学の場合、就職難のため大学院への進学を決めた人や就職をあきらめた人を考慮すると、本当の内定率は50%程度といわれる。

日本の不景気は失われた20年と言われ、バブル崩壊後回復していない。大手企業や金融機関が相次いで倒産した翌年の1998年には、自殺者が突然1万人ほど増えて3万人を超え、現在まで13年続いている。自殺率はアメリカの約2倍、先進国中トップだ。また20代から40代までの男性の死因第1位は、病気でも事故でもなく自殺である。その半数は無職者だ。少子高齢化による人口減少はこのまま進めば、2100年には明治時代の4330万人に、2500年には縄文時代の15万人にまで減ると言う。また労働人口の減少と同時に消費者人口も減少したため、経済成長率は1956〜73年が平均9.1%、74〜90年が4.2%だったが、91〜2009年は0.8%となっており、特に世界経済危機の2008年7月〜09年6月はマイナス7.2%(アメリカでさえマイナス3.9%)と先進国中最悪となった。また2013年頃からマイナス成長が常態化し、2020年頃からは道路やビルのメンテナンスもままならなくなり、地域のゴーストタウン化が始まると言われている。地方ではすでにシャッター通りが多くなった。

 さて、現在の皆さんには信じられないかもしれないが、1979年にアメリカで「Japan as No.1」という本が出版され、21世紀は日本の時代になると言われていた。21世紀は日本が中国市場を手にし、アジアで円経済圏を築いて、世界経済の中心になると予想され、アメリカ企業は日本企業を手本に学んでいた。

しかし、貿易赤字と財政赤字の双子の赤字が続いていたアメリカは、1980年代に入ると、日米貿易摩擦による日米経済戦争を始め、1985年9月のプラザ合意では、G5先進5ヶ国の蔵相が集まり、突然日本は議論の余地なく円高・金融自由化・内需拡大策を認めさせられた。1ドル=240円が、約1年で1ドル=120円の円高になり、日本は1年で約6000億円の貿易黒字を減らした。日本企業は、円高の影響を避けるために海外へ生産拠点を移して産業空洞化を招き、政府は懸念される円高不況を抑えるために低金利政策を採ったため、必要以上の不動産投機や金融投機によるバブル景気が発生した。バブル絶頂期の1989年に、三菱地所がアメリカ・ニューヨークのロックフェラーセンターを2200億円で買い取りアメリカ人を驚かせた。当時は、東京山手線内の土地価格で、アメリカ全土が買えるという試算まで示される状況だった。

しかし、ジャパンマネーによる海外資産買いあさりは日本脅威論を生み、ジャパンバッシングは激しくなり、日米経済戦争は最終段階に入った。1989年十一・十二月に、アメリカ金融資本ソロモンブラザーズが、東京の株式を大量に買い続け、1990年1月に一気に売りに出た。これを引き金に、日本のバブル崩壊が始まったのだ。その後10年ほどの間に、拓銀・長銀・山一証券などを初め約20の金融関連会社が破綻し、日本はアメリカの国債を一番買い込んでいるにもかかわらず、完全にアメリカとの経済戦争に負けたのである。

金融破綻直後から増加した自殺者は、すなわち日米経済戦争における戦死者であり、毎年1万人近くの日本人が戦死しているにもかかわらず、日本政府は無策のままである。

この1月27日の新聞によると、日本国債の格付けはAAマイナスになり、スペインやチリなどを下回って中国に並び、先進国中最低ランクとなった。日本の借金は、対GDP比でほぼ200%に達しており、国債の9割が国内で調達出来ているとは言え、国内で消化できなくなれば、いずれ債務不履行になる。IMF局長も翌28日に、日本の財政再建の遅れを指摘した。現在の日本人が勝手に借金を作り、未来の日本人に返済を負わせるのは、まだ見ぬ子供たちに対する経済的虐待ではなかろうか。目前の虐待には厳しい現在の日本人が、実は未来の子供たちを虐待する犯罪者となり果てていることに気付くべきである。

では、日本に未来はないのだろうか。私は、そう思わない。

日本は、実は世界第9位の面積を持つエネルギー大国である。国土面積は世界61位だが、排他的経済水域と領海の面積は世界第6位、それに国土を含めると世界第9位になる。その地下には膨大なエネルギー資源がある。そのため日本は、尖閣諸島や沖ノ鳥島や南鳥島を何としても守らなければならないのである。その天然ガスは調査終了分だけで30年分、さらに100年分はあると言う観測があり、中東諸国に負けない量である。また、海水からのウラン抽出技術が日本で確立し、現在は市場価格の2倍のコストだが、500年分のウランが見込まれており、将来は輸出国になる可能性がある。

昨年、日本を歓喜させた探査機「ハヤブサ」は、小惑星イトカワからサンプルを持ち帰るという偉業を成し遂げ、地球に衝突可能性のある小惑星に着陸し帰還する技術を日本は保有した。これは地球を救う技術になる。また国際宇宙ステーションの物資輸送は、すでにアメリカに代わって日本の「こうのとり」が担っている。

 その他日本企業には、中小企業を含めて世界シェア率トップクラスの工業製品が多くある。原子力発電所部品や設備、液晶用各種フィルムフィルター、携帯電話用部品、ロケット用の炭素繊維、産業用ロボット、ゲーム機器、その他各種電子部品など数知れずあり、ハイブリッド・電気自動車・燃料電池車、および、水・空気浄化など、環境改善技術のほとんどが日本にある。

しかし、世界最大販売量の韓国液晶テレビが、実は日本製の部品でできているというような、「技術に勝ってビジネスに負ける」という状態を脱し、システムとして日本ブランドを売る必要がある。また、もはや中国に勝てないような部品の薄利多売ではなく、高品質日本ブランドの高利少売を目指すべきである。

実は中国もロシアも、日本の技術協力欲しさに日本に無理難題をふっかけてきているのかもしれない。ある中国政治家のブレインは、日本と本気で戦争する気はないと言っていた。一人っ子で育った若者に、お国のために戦う精神は育っていないというのだ。しかし、武力によらない外交戦略は、孫子・韓非子の時代から研究されており、知略知謀こそ最高とされ、軍事力ではなく、資源争奪のための難破工作漁船による居座り実効支配こそ注意すべきだ。

2010年アメリカ文系大学生の人気企業のトップは、NPO[Teach for America]、5位は平和部隊[Peace Corps]だった。お金よりも自己実現によるやりがいを求める学生が増えている。この就職難の折り、大企業への就職ばかりではなく、世界に冠たる技術力をもつ中小企業で世界をリードし、地球を救うビジネスに挑戦することも考えていただきたい。

日本の安心安全な農作物は、中国富裕層に大人気で、高級輸出品になりうる。TPPでアメリカ経済圏に縛られるだけでなく、工業製品と同様に高利少売で、高品質日本ブランドを世界に高く売る必要がある。アメリカの農業地下水は枯渇に向かっており、中国は中間層の食生活向上による需要増のため、どちらも農産物輸出は必ず減少する。いずれ日本人は高くても国内の農産物を食べなければならなくなる。安全保障のためにも、農業技術と種苗保存に力を入れなければならない。

さらに、アニメ・ゲームなど日本のポップカルチャーは、海外で爆発的人気だ。世界のディズニーランドの隣に、日本発アニメランドを作れば人気間違いない。マンガ・オタク・コスプレ文化だけでなく、ロボット・宇宙・ゲームも含めて、日本の技術と文化を融合させたテーマパークになる。海外にはeスポーツ(ゲームのこと)で1億円プレーヤーがおり、韓国ではサッカーに次ぐ第2位の人気スポーツ(競技)になっている。オリンピックでの採用も検討されている。日本が主導しない手はない。

内需拡大策としては、まず安心安全で高品質な老後生活を求めるアジアの富裕層を日本に招き、日本得意のもてなしで大いに消費していただくことだ。労働者よりも消費者を招く方が効果は大きい。

また30歳未満の若者の可処分所得は、初めて女性が男性を超え、今後の消費傾向における女性の役割はますます大きくなる。さらに、ウーマノミクス(ウーマン+エコノミクス)の観点から、女性視点を製品開発や政策に取り入れることだ。妊婦女性が飲めるノンアルコールビール、女性が運転しやすい車、メガネのいらない3Dテレビの開発は、女性が企画立案したもので男性にもよく売れている。何よりも働きながら子育てしやすい環境造りが必要だ。女性の就業率がOECD平均の80%(現在66%で30カ国中29位)まで伸びると、GDPは15%上昇すると言う計算もある。

皆さんが大学を卒業する頃は、労働人口の減少により、海外から労働者や幹部を雇い入れる可能性がある。すでに会社公用語を英語にし、海外留学生を優先して採用する大企業も出てきた。一方、日本人の海外留学生は減少し続けている。世界を相手に就職を考えざるを得ない時代は、必ずやってくる。商品市場だけでなく、労働市場においても、平成の開国が行われることになる。

人生において、個人的にも社会的にも厳しい現実は、何度も襲ってくる。そのとき大切な能力は、英語でも数学でもない。自分なりに問題を分析し方針を立て、夢を描く能力である。自分だけの問題に閉じ込めず、友人知人と語り、ネットを使い世界中の人と語りあいながら、問題解決する能力だ。

現実的問題は山積している。中国から日本に飛来する大気汚染と黄砂の量は毎日ネットで報告され、日本人の健康に直接影響を与え始めている。すでに日本海沿岸都市は、東京横浜並みの大気汚染だ。一国救済は望めない。広い心で中国を救うことが日本を救うことになり、世界を救うことになる。win-winの関係を目ざし、世界中の人々とタフに交渉ができる日本人になっていただきたい。どんな逆境に出会っても、逆境だからこそ貢献できるニッチやチャンスをそこにとらえ、自分を生かす智慧を持ち、一隅を照らす人材、家族や社会に貢献できる人材になっていただきたい。

卒業おめでとう、心より健闘を祈ります。